退職勧奨と解雇との境界線
<退職勧奨のトラブル>
退職勧奨の法的性質は、申込の誘引であり、従業員に退職の申込を促す行為だとされます。このことから、退職勧奨をするのも、これを断るのも自由だとされています。
ところが、退職勧奨を受け、これを承諾し、退職願を提出して退職した従業員から、会社に対して「あれは実質的に解雇だった」と主張されることがあります。これには、労働契約は終了していないという主張や、慰謝料など損害賠償の請求が伴います。
結局、退職勧奨を正しく行うのは自由でも、正しくない退職勧奨を行うのは自由ではなく、トラブルの元になるということです。
少なくとも、その理由に納得がいく退職勧奨でなければなりません。
<申込の誘引という性質>
退職勧奨は、求人広告と同様に、申込の誘引であるとされます。
求人広告に事実と異なる説明があれば、ブラック求人とされます。
電話やメールで繰り返し応募を呼びかけたら、迷惑行為となるでしょう。
ましてや、求人している企業が、直接求職者の自宅を訪問して、本人が拒否しているにも関わらず、会社のアピールをしたり、何度も訪問したりとなれば、これは明らかに犯罪です。
ハローワークから出てきた求職者を数人で取り囲んで、求人への応募を迫ることも許されません。
おびえた求職者が、その企業の求人に応募して採用されたとしても、強迫を理由に労働契約を取り消すこともできます。
<退職勧奨への当てはめ>
上記のことを退職勧奨に当てはめてみましょう。
どうしても退職勧奨に応じて欲しいという気持が先行してしまうと、ついつい嘘を言ってしまいがちです。よくある嘘は、会社の経営状況が悪くて整理解雇をする予定である、あなたの部署は廃止される、あなたのしたことは懲戒解雇の対象となるなどです。これらは、退職後に嘘であったことが発覚しやすいものです。
詐欺による意思表示は、取り消すことができます。退職後であっても、退職の意思表示を取り消せるのです。
電話やメールで繰り返し退職勧奨する、自宅に出向いて退職勧奨する、家族に働きかける、数人がかりで退職勧奨するなどは、これに応じて退職願を提出したとしても、強迫による意思表示として取り消すことができます。
退職勧奨を受けた人が、たとえ1回でも明確に拒否したら、それ以上の退職勧奨はできないのです。
状況によっては、退職勧奨の域を超えて、退職の強要となりますから、解雇と評価されます。
<実務の視点から>
退職勧奨に適するのは、普通解雇や懲戒解雇の理由がないものの、会社としてはその人に退職してほしいという事情がある場合です。
正直に丁寧に、退職を勧奨する理由を説明します。一度断られたら、それ以上の深追いは禁物ですから、そのつもりで説明を尽くさなければなりません。
嘘はいけませんし、強制的な言動も許されません。
会社の都合もありますが、会社から退職勧奨を受ける状況にあるということは、本人の人生にとっても働き続けることがプラスではないことが多いものです。
その職場に居辛い、能力を活かせない、会社の仲間から求められていない、能力の向上や待遇が良くなることは望めないなど、転職によって道が開ける可能性が高いのであれば、転職を選択するのが幸せでしょう。
こうしたことを踏まえ、会社から一方的に退職勧奨を通告するというのではなく、今後のことについて話し合う態度も必要だといえます。
2024年7月10日
社会保険労務士 柳田 恵一
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