「やむを得ない」の基準
<「やむを得ない」の意味>
「やむを得ない」の「やむ」は「やめる」、「得ない」は「できない」という意味ですから、「やむを得ない」の意味は、「そうするよりほかに方法がない。しかたがない」という意味になります。
「やむ負えない」「やむ終えない」「やむ追えない」などの誤った表記も見られますが、これらは「やむおえない」ですから、そもそも誤りです。
「やもおえない」「やもうえない」という誤りも、耳にすることがあります。
かつては、「已むを得ない」と表記されていましたが、当用漢字で「止むを得ない」が一般的になりました。
<労働基準法の「やむを得ない」>
労働基準法により、解雇の予告や解雇予告手当の支払が無いまま解雇することは、犯罪となり罰則の適用もありえます。
しかし、「やむを得ない」事由のために事業の継続が不可能となった場合には、犯罪にはなりません。
【解雇の予告:労働基準法第20条第1項】
使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合または労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合においては、この限りでない。 |
条文には、「やむを得ない」事由の例として、天災事変が示されています。
簡単に「やむを得ない」と判断できないことは明白です。
実際、通達(昭和63年3月14日 基発150号、婦発47号)には、「やむを得ない」場合に該当する例として、次のものが挙げられています。
・事業主の故意や重大な過失に基づかず、事業場が火災により焼失した場合 ・震災によって工場、事業場の倒壊、類焼等により事業の継続が不可能となった場合 |
反対に、「やむを得ない」とはいえない場合の例として、次のものが挙げられています。
【やむを得ないとはいえない場合の例】
・国税の滞納処分を受け事業廃止となった場合 ・取引先が休業状態となり、これが原因で事業が金融難に陥った場合 |
<コロナ禍による場合>
コロナ禍による業績の落ち込みから、正社員の整理解雇や非正規社員の雇い止め等を検討している企業もあります。
事業の継続が不可能となった場合には、コロナ禍が「やむを得ない」事由に該当するといえるのかが問題となります。
しかし、現時点では、厚生労働省などから、コロナ禍により事業の継続が不可能となった場合について、何らかの発表は見られません。
むしろ、助成金・補助金の特例、融資の拡大、税制上の措置、社会保険料の特例軽減などの緊急対応策により、事業の継続を維持するように促している状態です。
少なくとも、これらの緊急対応策を利用し尽くしてもなお、事業主の責任を問われない原因で、事業の継続が不可能となった場合でなければ、解雇の予告や解雇予告手当の支払が無いまま解雇することが許される「やむを得ない」事由があったとは、認められないのではないでしょうか。
さらに、コロナ禍による業績の落ち込みを理由とする解雇は、整理解雇にあたります。
整理解雇が有効となるためには、厳格な要件を満たす必要があります。
まずは、希望退職者の募集や退職勧奨など、労使の合意によって可能な対応を優先することをお勧めします。
社会保険労務士 柳田 恵一