長時間労働の監督指導結果(令和4年度)
人手不足と採用難が重なる中、分かってはいても、労働法の遵守が後回しになりがちです。労働基準監督署は、年度末など企業が繁忙を極める時期でも、臨検監督(立入調査)の手を緩めません。他社事例も公表されていますので、繁忙期に入る前に、もう一度チェックされてはいかがでしょうか。
<長時間労働の監督指導結果>
令和5(2023)年10月31日、東京労働局が、令和4年度に長時間労働が疑われる事業場に対して、労働基準監督署が実施した監督指導の結果を、取りまとめ公表しました。これと共に、具体的な監督指導事例が公表されていますので、ご紹介させていただきます。
<飲食店の事例>
立入調査で把握された事実
① 各種情報から、時間外・休日労働が1か月当たり80時間を超えていることが疑われたことから、飲食店を営む事業場(労働者約30⼈)に⽴⼊調査を実施した。
② 店内で調理等の業務を⾏う労働者3人について、⼈員体制が不⼗分であったことから、36協定で定めた上限時間(特別条項:⽉99時間)を超え、かつ労働基準法に定められた時間外・休日労働の上限時間(月100時間未満、複数月平均80時間以内)を超える、最⻑で1か月当たり139時間の違法な時間外・休日労働が認められた。 ③ また、常時使用する労働者に対して定期健康診断を実施していなかった。 |
労働基準監督署の指導
◆ ⻑時間にわたる違法な時間外・休⽇労働を⾏わせたこと
・ 36協定で定めた上限時間を超えて時間外労働を⾏わせたことについて是正勧告(労働基準法第32条違反) ・ 労働基準法に定められた上限時間を超えて時間外・休⽇労働を⾏わせたことについて是正勧告(労働基準法第36条第6項違反) ・ 時間外・休日労働時間を1か月当たり80時間以内とするための具体的方策を検討・実施するよう指導 ◆ 常時使用する労働者に対して定期健康診断を実施していなかったこと ・常時使用する労働者に対し1年以内ごとに1回、定期健康診断を実施するよう是正勧告(労働安全衛生法第66条違反) |
ここで「是正勧告」は、違法なので直ちに改め結果を報告しなさいという指導です。これに対して、「指導」というのは、違法ではないが勧告するというものです。
<小売業の事例>
立入調査で把握された事実
① ⾷料品の小売業を営む大企業の事業場(労働者約20人)において、店舗管理等の業務を⾏う労働者が、⻑時間労働等が原因で脳血管疾患を発症したとして、脳・心臓疾患の労災請求がなされたため、⽴⼊調査を実施した。
② 脳・心臓疾患を発症した労働者について、発症前の勤務状況を確認したところ、業務量に⽐して⼈員体制が不⼗分であったことから、36協定で定めた上限時間(特別条項:80時間)を超え、かつ労働基準法に定められた時間外・休日労働の上限時間(複数月平均80時間以内)を超える、最⻑で1か月当たり85時間の違法な時間外・休日労働が認められた。 ③ また、時間外・休日労働時間が1か月当たり80時間を超えた当該労働者に対し、時間外・休日労働時間に関する情報を通知していなかった。 ④ そのほか、月60時間を超える時間外労働を⾏った労働者に対し、⽉60時間を超える時間外労働に対する割増賃⾦を全額⽀払っていないことが明らかになった。 |
労働基準監督署の指導
◆ ⻑時間にわたる違法な時間外・休⽇労働を⾏わせたこと
・ 36協定で定めた上限時間を超えて時間外労働を⾏わせたことについて是正勧告(労働基準法第32条違反) ・ 労働基準法に定められた上限時間を超えて時間外・休⽇労働を⾏わせたことについて是正勧告(労働基準法第36条第6項第3号違反) ・ 時間外・休日労働時間を1か月当たり80時間以内とするための具体的方策について検討・実施するよう指導 ◆ 80時間を超えた労働者に対し、時間外・休日労働の情報を提供しなかったこと ・ 時間外・休日労働時間が1か月当たり80時間を超えた労働者に対し、当該労働者に係る時間外・休日労働時間数に関する情報を通知していなかったことについて是正勧告(労働安全衛生法第66条の8第1項違反) ◆ 月60時間を超える時間外労働に対して割増賃⾦の支払いが不⾜していたこと ・ 月60時間を超える時間外労働について5割以上の割増賃⾦を支払っていないことについて是正勧告 (労働基準法第37条違反) |
<ビルメンテナンス業の事例>
立入調査で把握された事実
① ビルメンテナンス業を営む事業場(労働者約140人)で勤務する労働者からの、⻑時間労働の実態があるという情報に基づき、⽴⼊調査を実施した。
② 清掃員として勤務する労働者3人について、人繰りにより業務が集中し、36協定で定めた上限時間(特別条:月90時間)を超え、かつ、労働基準法に定められた時間外・休日労働の上限(月100時間未満、複数月平均80時間以内)を超える、最⻑で1か月当たり147時間の違法な時間外・休日労働が認められた。 ③ 衛⽣委員会において、⻑時間労働による労働者の健康障害の防⽌を図るための対策の樹⽴に関することについて調査審議されておらず、医師による⾯接指導の制度(⻑時間労働を⾏っている労働者に対し、医師による⾯接指導を実施する制度)も導⼊されていなかった。 ④ また、常時50⼈以上の労働者を使⽤しているにもかかわらず、労働者に対して⼼理的な負担を把握するストレスチェックを実施していなかった。 |
労働基準監督署の指導
◆ ⻑時間にわたる違法な時間外・休⽇労働を⾏わせたこと
・ 36協定で定めた上限時間を超えて時間外労働を⾏わせたことについて是正勧告(労働基準法第32条違反) ・ 労働基準法に定められた上限時間を超えて時間外・休⽇労働を⾏わせたことについて是正勧告(労働基準法第36条第6項違反) ・ 時間外・休日労働時間を1か月当たり80時間以内とするための具体的方策を検討・実施するよう指導 ◆ 衛生委員会における調査審議等されていなかったこと ・ 衛⽣委員会において、⻑時間労働による労働者の健康障害防⽌を図るための対策の樹⽴に関することについて調査審議していなかったことについて是正勧告(労働安全衛生法第18条1項第4号違反) ・ 1か月当たり80時間を超えて時間外・休⽇労働を⾏わせた労働者に対する医師による⾯接指導の制度を導⼊していなかったことについて指導 ◆ ストレスチェックを実施していなかったこと ・ 常時50人以上の労働者を使用しているにもかかわらず、1年以内ごとに1回のストレスチェックを実施していないことについて是正勧告(労働安全衛生法第66条の10違反) |
<実務の視点から>
飲食店と小売業の事例では、立入調査で把握された事実として「⼈員体制が不⼗分」とされ、ビルメンテナンス業の事例では、「人繰りにより業務が集中し」とされています。
これらの業種では、利益率の関係から、限界ギリギリの人件費でやりくりしなければ、事業が成り立たないという特性があります。そこで働いている方々の中には、最低賃金に近い給与水準の方も多いのです。
物価上昇の流れの中で、これらの業界での値上げも進行していますが、牽制しあって値上げに踏み切れない企業もあります。
労働法を守れないから、労働基準監督署が集中的に摘発し指導するというよりも、業界の実態を踏まえて、政府が積極的に支援するのでなければ、働いている皆さんが救われないのではないでしょうか。
2024年2月8日
社会保険労務士 柳田 恵一
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