部下が上司の残業命令を拒める場合
<残業命令に従う義務>
自部門として、今日中に終わらせておくべき業務や、ここまでは終わらせておかないと、期限に間に合わないという業務があれば、上司は部下に残業を命じてでも、予定した業務をこなす必要に迫られます。
しかし、上司の命令であれば、部下は当然に残業する義務を負うとはいえません。
<残業命令の形式的要件としての就業規則>
労働者は、労働契約に基づき労働の義務を負っています。労働時間については、所定労働時間について、労働の義務を負っています。ですから、原則として、上司が部下に対して、所定労働時間外の勤務を命ずることはできないのです。
しかし、これでは不都合ですから、就業規則に次のような規定を置いて、業務の都合により、所定労働時間を超えて労働させることができるようにしています。
厚生労働省モデル就業規則(令和5年7月版)
(時間外及び休日労働等)
第21条 業務の都合により、第19条の所定労働時間を超え、又は第20条の所定休日に労働させることがある。 2 前項の場合、法定労働時間を超える労働又は法定休日における労働については、あらかじめ会社は労働者の過半数代表者と書面による労使協定を締結するとともに、これを所轄の労働基準監督署長に届け出るものとする。 |
まれに、こうした規定のない就業規則も見られます。この場合には、上司が部下に残業を命じる根拠がないことになります。
「うちの会社は三六協定を交わして、所轄の労働基準監督署長に届出ているのだから、限度までは残業させる根拠がある」と勘違いしている管理職の方もいます。しかし三六協定は、限度を定めているだけであって、残業をさせる根拠にはならないのです。
<残業命令の形式的要件としての三六協定>
そして三六協定は、そこに定められた時間を限度として、所定労働時間や法定労働時間を超える労働を可能としています。
しかし三六協定には、時間だけが規定されているのではありません。業務の種類ごとに、時間外労働をさせる必要のある具体的事由についても、取り決めがあります。
たとえば、工場で製品検査の業務を行っている労働者について、製品不具合への対応のみを、時間外労働をさせる必要のある具体的事由として三六協定に取り決めていたのなら、これ以外の理由で残業させる根拠はないことになります。
パンフレット類の記載例は、ごく簡単なものが示されていますが、自社の状況を踏まえ詳細に規定しておかなければなりません。
<残業命令の実質的要件>
以上のことから、就業規則や三六協定の内容は、実態に即した内容にしておく必要があること、部下を持つ管理職は、これらの内容を理解し根拠のない残業命令を出さないようにすることが必要です。
しかし、モデル就業規則にあるように「業務の都合により」というのが、残業の大前提であり残業命令の実質的要件です。
「他の人がみんな残業しているから」「このあとみんなで呑みに行きたいから」など、業務の都合とは無関係な理由で残業を命じることは許されません。
<実務の視点から>
以上のように、上司が部下に残業を命じることができるのは、形式的・実質的要件を備えている場合に限られます。こうした要件を備えていない場合には、部下が上司の残業命令を拒めることになります。それでもなお許されない残業命令をするのであれば、これはパワハラになりますから、懲戒の対象とされることになります。
そもそも無駄な人件費を発生させているのですから、管理職としての資質も問われるのではないでしょうか。
2024年6月26日
社会保険労務士 柳田 恵一
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