在宅勤務をやめるときの問題
<就業場所の法的規制>
労働基準法は、就業場所について直接には特別な規制をしていません。
しかし使用者は、労働契約の締結に際し、労働条件の1つとして就業場所を明示しなければなりません。〔労働基準法第15条、労働基準法施行規則第5条〕
また民法第484条第1項は、次のように規定しています。
【弁済の場所】
弁済をすべき場所について別段の意思表示がないときは、特定物の引渡しは債権発生の時にその物が存在した場所において、その他の弁済は債権者の現在の住所において、それぞれしなければならない。 |
弁済(べんさい)とは、債務者(または第三者)が債務の給付を実現することをいいます。
労務の提供は、特定物の引渡しではありませんから、労使で別段の合意が無ければ、使用者の事業所で労務を提供すべきことになります。
<就業場所の明示>
労働者の就業場所は、就業規則や労働条件通知書によって示されています。
就業場所を、原則として会社の施設としつつ、「会社は、必要に応じ在宅勤務を命じることがある」という規定がある場合には、会社がこれを根拠として、在宅勤務を命じたり、通常の就業場所に戻したりすることができます。
<在宅勤務の規定が無い場合>
在宅勤務の規定が無い会社で、コロナ禍をきっかけとして、労働者に在宅勤務を命じる場合には、労使で合意するか、就業規則に規定を設ける必要があります。
労働契約法第8条には、「労働者と使用者との合意で労働契約の内容である労働条件を変更できる」と規定されていますから、個々の労働者が同意すれば、在宅勤務を実施することが可能です。
在宅勤務であれば、出勤する場合に比べて、感染リスクも低いと考えられますから、労働者の同意を得るのは比較的容易だと思われます。
しかし、光熱費や通信費を個人負担とした場合などには、労働条件の不利益な変更となる場合もあり、在宅勤務に同意しない労働者がいるかもしれません。
この場合でも、一般には、就業規則の変更によって在宅勤務を実施に移すことができます。
就業規則の変更によって、労働条件を労働者の不利益に変更する場合には、労働契約法第9条と第10条に従って行うことになります。
【労働契約法:就業規則による労働契約の内容の変更】
第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。 第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。 |
「第12条に該当する場合」というのは、就業規則違反となる場合を指します。
変更後の就業規則に、在宅勤務の終了についての規定が用意されていれば、この規定に従って終了することに問題はありません。
しかし、在宅勤務の終了についての規定が無ければ、就業規則に在宅勤務終了についての規定を加えるか、個々の労働者の同意を得て終了させることになります。
<労使の合意により在宅勤務を開始した場合>
就業規則や労働条件通知書に規定を置かず、労使の合意によって在宅勤務を開始した会社もあります。
詳細な制度設計をしないまま安易に始めてしまった場合には、労働者側に経費負担の増加についての不満が発生し、会社側に労働者の働きぶりが見えないことへの不安が発生しやすいといえます。
また、労使共に生産性低下やコミュニケーション不足を感じることがあります。
こうした感覚は、人それぞれですから、在宅勤務をやめるという労働条件の変更について、労使の合意が得られないこともあります。
この場合には、就業規則の変更によって解決すべきこととなります。
「労働条件を元に戻すだけ」ですから、労働者の不利益は大きくないはずですが、せっかく始めた在宅勤務を終了させることについては、様々な不満が発生する場合もあり、トラブルとなりやすいものです。
新型コロナウイルスの感染リスク対応を十分に行い、これを労働者に分かりやすく具体的に説明し、理解を得られるようにする努力が会社に求められることになります。
2021年1月20日
社会保険労務士 柳田 恵一